JAPAN / 日本
日本は「法的空白」
日本にはタトゥーインクの成分を規制する法律がありません。2020年に最高裁がタトゥー施術は医行為に当たらないと判断し、2022年に厚生労働省は施術専用の針・マシンを薬機法上の医療機器として扱わないと通知しました。インクは化粧品の定義にも医療機器の定義にも入らず、厚生労働省がいずれかに位置づけた通知も見当たりません。その結果、人体注入を前提とした成分の事前審査や重金属の含有制限が、国の制度としては存在しません。
IN SHORT / 要点
- 日本には、タトゥーインクの成分を審査したり、重金属や発がん性物質の含有上限を定めたりする法律がありません。
- 2020年に最高裁がタトゥー施術を医師法の「医行為」に当たらないと判断し、2022年に厚生労働省は施術専用の針やマシンを医療機器として扱わないと通知しました。インクは、化粧品(皮膚に塗るもの)の定義にも医療機器(機械器具)の定義にも入らず、厚生労働省がインクをいずれかの区分に位置づけた通知も見当たりません。その結果、成分の事前審査や含有上限を課す仕組みがありません。
- つまり日本では、インクの安全性は国の制度ではなく、メーカーの自己宣言と、それを確かめるスタジオ・アーティスト・顧客の側に委ねられています。
BY LAW / 法律ごとに
何が規制され、何が規制されていないか
「規制が無い」は一枚岩ではありません。施術者の資格、器具、インクの成分、事故が起きたときの責任は、それぞれ別の法律が担当していて、インクの成分だけがどの法律にも引っかからない構造になっています。
| 法律 | 何を定めるか | タトゥーインクとの関係 | 出典 |
|---|---|---|---|
| 医師法 第17条 | 医師でなければ「医業」をしてはならない。 | 最高裁(2020年)がタトゥー施術は医行為に当たらないと判断。施術者の資格を定める法律は無い。インクの成分には触れていない。 | [8] |
| 薬機法(医療機器) | 機械器具等の製造販売に承認・認証を求める。 | 厚生労働省の通知(2022年)で、タトゥー施術にのみ使う針・マシン等は医療機器に該当しないと整理された。インクは機械器具ではなく、もともと対象外。 | [7][30] |
| 薬機法(化粧品) | 人の身体に塗擦・散布する製品の成分と表示を規制する。 | 化粧品の定義は「塗擦、散布その他これらに類似する方法で使用」するもの。皮内に注入するインクは定義に入らず、化粧品基準(配合禁止成分・上限)の対象にならない。 | [30] |
| 製造物責任法(PL法) | 製造物の欠陥で生じた損害について製造業者等が責任を負う。 | 海外インクを「業として輸入した者」も製造業者等に含まれる。輸入して使うスタジオや代理店は、欠陥があった場合の責任主体になりうる。 | [31] |
| EU REACH 附属書XVII 第75項 | 4,000超の物質に上限を設け、ラベル表示を義務づける(EU/EEA 域内)。 | 日本には効力が無い。ただし EU 向けに作られたラインには、成分表示やロット番号などの表示要件が付いてくるため、日本で買う側の手がかりになる。 | [1][2] |
薬機法(医療機器)
機械器具等の製造販売に承認・認証を求める。
厚生労働省の通知(2022年)で、タトゥー施術にのみ使う針・マシン等は医療機器に該当しないと整理された。インクは機械器具ではなく、もともと対象外。
薬機法(化粧品)
人の身体に塗擦・散布する製品の成分と表示を規制する。
化粧品の定義は「塗擦、散布その他これらに類似する方法で使用」するもの。皮内に注入するインクは定義に入らず、化粧品基準(配合禁止成分・上限)の対象にならない。
製造物責任法(PL法)
製造物の欠陥で生じた損害について製造業者等が責任を負う。
海外インクを「業として輸入した者」も製造業者等に含まれる。輸入して使うスタジオや代理店は、欠陥があった場合の責任主体になりうる。
STRUCTURE / 構造
EU で使えなくなった在庫はどこへ行くのか
2022年1月以降、EU のスタジオでは非対応インクを使えなくなりました。メーカー各社は EU 向けに再配合したサブライン(Intenze GEN-Z、World Famous Limitless、Kuro Sumi Imperial など)を用意し、公式ブログで「非対応インクはスタジオから処分するように」と案内しています。一方で、米国仕様の標準ラインはそのまま製造・販売が続いています。
日本には規制が無いため、EU で使えない標準ラインを輸入・販売・使用することを止める仕組みはありません。これは「日本に危険なインクが流入している」という事実の記述ではなく、構造としてそれを防ぐ規制が無い、という記述です。実際に何が流通しているかは、容器の表示と SDS で個別に確かめるしかありません。
READ THE LABEL / 容器の表示
日本で手に取った容器を、EU のラベル要件で読む
日本の法律はインクの表示を求めませんが、EU 向けに作られたラインには規則 (EU) 2020/2081 の表示要件が付いてきます。 日本で手に取った容器に (a)〜(c) があれば、少なくとも EU 市場向けに作られた容器だと分かります(pH 調整剤や警告文は該当する場合だけ付く項目です。小さな容器では成分一覧やロット番号を使用説明書へ回すことも認められています)。無ければ、成分を確かめる手がかりが容器には無い、ということです。[1]
(a) 「Mixture for use in tattoos or permanent make-up」の文言
タトゥー・PMU 用として EU 市場に出す混合物であることの宣言。印刷用・練習用との区別。
(b) バッチ(ロット)を特定する参照番号
REACH の適合は混合物ごと・ロットごと。公的な通報もロット単位で出る。番号が無いと照合できない。
(c) 成分一覧(化粧品の共通成分名。顔料は CI 番号で書かれる)
規制対象の顔料(PB15:3 / PG7 など)が入っていないかを、容器だけで確かめられる手がかり。SDS や試験証明書と突き合わせる起点になる。
(d) pH 調整剤の表示(該当する場合。該当物質に「pH regulator」)
成分の役割を示す表示。EU 向けの容器にだけ付く項目のひとつ。
(e) ニッケル・六価クロムが上限未満で含まれる場合の警告文
アレルギーの主因。上限未満でも含む場合は「Contains nickel. Can cause allergic reactions.」などの定型文が要る(EU/EEA では上限以上の製品は市場に出せない)。
(f) 使用上の安全注意
CLP 規則の表示では求められない範囲の注意書き。施術側が守るべき条件の手がかりになる。
WHAT YOU CAN DO / できること
制度が無いぶん、確かめる手順を持つ
これから彫る人
- スタジオに「どのブランドの、どのラインか」を聞く。ブランド名だけの答えは不十分。
- 容器(小さな容器では使用説明書)に成分一覧とロット番号があるかを見る。EU 市場向けの製品には付いている。
- ブランド別ページで、そのラインに公的な通報があるか、証明書が公開されているかを確かめる。
アーティスト・スタジオ
- 仕入れはライン単位・ロット単位で記録する。通報はロット単位で出る。
- メーカーが公開する試験証明書(CTL 等)を、入荷ロットの番号で照合する。
- 自分で輸入する場合は、PL 法上の「製造業者等」になりうることを知っておく。
- 顧客に聞かれたら、ブランド名だけでなくライン名と SDS の所在を答えられるようにしておく。
具体的な確認手順とメーカーへの問い合わせ文面は確認リストのページに、SDS の読み方はSDS のページにあります。米国の規制(FDA・MoCRA)についてはREACH 規制のページで EU の枠組みとあわせて解説しています。
このページは公開されている法令・通知・判例にもとづく整理であり、法的助言ではありません。個別の事案については弁護士等の専門家に相談してください。
監修・更新情報
公開:2026.06.10 / 最終更新:2026.06.10
※ 本ページは一般的な情報提供を目的としたもので、特定製品の安全性を保証・否定するものではありません。「REACH適合」はメーカーの自己宣言であり、適合状況・製品ラインは随時変わります。最終的な判断は、SDS・第三者検査・正規の流通元の情報にもとづいてご確認ください。
参考文献・出典
情報基準日 2026年6月8日。一次資料・査読論文・公的資料を優先し、メーカー/小売の表示には自己宣言である旨を付しています。
出典を表示(全34件)
- [1]Commission Regulation (EU) 2020/2081(REACH附属書XVII エントリー75を新設。タトゥーインク・永久化粧の制限), EUR-Lex CELEX:32020R2081 リンク
- [2]ECHA「REACH restriction of hazardous substances in tattoo inks and permanent make-up」(エントリー75が4,000超の有害物質を制限) リンク
- [3]Moseman, Noble, Sanders, Guo, Swierk「Analysis of blue and green REACH compliant tattoo inks」Analyst 2024;149(21):5329-5335(DOI:10.1039/d4an00793j)。適合表示の青緑10検体中9検体が非適合・4検体に禁止物質 リンク
- [4]Nordic Council of Ministers『Joint Control of Tattoo Inks』TemaNord 2024:549。211インクで表示適合8%・完全適合7%※ 北欧当局の共同監視報告。
- [5]EU Safety Gate(旧RAPEX)警告 A12/01329/23(チェコ通報、2023)。Dynamic「Viking」ダークグリーンに鉛最大25%、市場回収※ 一次通報。二次情報では対象色の記載に食い違いがあるため一次情報を採用。
- [6]Swierk研究チームの米国先行調査(Chemistry World 2024 が報道)。9社54検体中45検体で成分とラベルが不一致※ 二次報道。
- [7]厚生労働省「タトゥー施術行為に使用されることが目的とされている機械器具について」(令和4年4月28日 薬生監麻発0428第1号)。タトゥー施術にのみ使う針及びマシン等は薬機法上の医療機器に該当しないと解する、との通知(インクは通知の対象に挙げられていない) リンク
- [8]最高裁判所第二小法廷 令和2年9月16日決定(平成30年(あ)1790号 医師法違反被告事件)。タトゥー施術は医師法第17条の「医行為」に当たらないとして検察側上告を棄却 リンク
- [9]ECHA CHEM「Substances in tattoo inks and permanent make up」(物質データベース) リンク
- [10]CTL GmbH Bielefeld「REACH-compliant tattoo & PMU database」(第三者試験所の検査データベース) リンク
- [11]「Occurrence and Regulatory Evaluation of Contaminants in Tattoo Inks」Cosmetics 2023, 10(5):141, MDPI(汚染物質と規制評価) リンク
- [12]「Heavy Metal Content in Tattoo and Permanent Makeup Inks and European Standards—Is There Still a Health Risk?」PMC(REACH施行後も限界値超過の製品が流通) リンク
- [13]「Toxic metals and carcinogens found in Australian tattoo inks」The BMJ(市販インクからの重金属・発がん物質の検出) リンク
- [14]IARC(国際がん研究機関)TATTOOING ナレッジベース(背景情報) リンク
- [15]EuPIA「Information Note: Tattoo Inks – Restriction under REACH」(表示要件・濃度上限の整理) リンク
- [16]Intenze「Understanding REACH Compliance in the Tattoo Industry」/Gen-Z(自己宣言の適合ライン) リンク※ メーカー公式(販促表現を含む)。
- [17]World Famous Tattoo Ink「Limitless」REACH Compliant Pigments リンク※ メーカー公式(販促表現を含む)。
- [18]REBEL「MoCRA & REACH Compliance Tattoo Ink」(CTL検査・2023年1月のREACH認証取得と表示) リンク※ メーカー公式(販促表現を含む)。
- [19]Killer Ink「EU REACH Compliant Tattoo Ink」/Nordic Tattoo Supplies「REACH Database」(EU小売の適合カテゴリ集約) リンク※ 小売の集約。適合は各社の自己宣言にもとづく。
- [20]Ephemeral Tattoo「How Ephemeral Ink Works」「FAQ」(欧州向けはREACH適合・重金属不使用・ビーガンと表示) リンク※ メーカー公式(販促表現を含む)。
- [21]U.S. FDA「Tattoos & Permanent Makeup: Fact Sheet」。注入用に承認された色素はなく、未承認色素を使えばインクは不良品(adulterated)。工業用顔料の転用にも言及 リンク
- [22]U.S. FDA「FDA Issues Draft Guidance on Tattoo Inks」(MoCRAに基づく不衛生条件のドラフトガイダンス。当面は微生物汚染が主眼) リンク
- [23]「Recalls of tattoo and permanent makeup inks in the United States…」PMC。2003〜2023年に18件の汚染リコール、密封インク調査で49%が微生物汚染 リンク
- [24]「The pressing need for FDA regulation of tattoo ink」PMC(規制の必要性と顔料の安全性の概観) リンク
- [25]「Patterns of Reactions to Red Pigment Tattoo and Treatment Methods」Dermatol Ther 2016(赤色素への反応が最多。赤の組成にAl・Fe・Hg・Cd等を検出) リンク
- [26]「Mercury-Cadmium Sensitivity in Tattoos: A Photoallergic Reaction in Red Pigment」Annals of Internal Medicine(赤の硫化水銀・カドミウムによる光線過敏) リンク
- [27]University of Utah Health「Think Before You Ink: Tattoos and Adverse Skin Reactions」(皮膚反応の概観・色別の傾向) リンク
- [28]Dynamic Color「Safety Data Sheets (SDS) for Tattoo Ink」(製品ごとに個別SDSを公開) リンク※ メーカー公式。
- [29]Solid Ink「Product Info and MSDS」(色別の個別開示はなく一括MSDSのみ。CI一覧に 74160 / 74260 を含む) リンク※ メーカー公式。
- [30]医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)第2条第3項・第4項。化粧品は「人の身体に塗擦、散布その他これらに類似する方法で使用」するもの、医療機器は「機械器具等」と定義され、皮内に注入する色材はどちらの定義にも収まらない リンク
- [31]製造物責任法(PL法)第2条第3項。製造物を「業として輸入した者」も「製造業者等」に含まれ、欠陥による損害の賠償責任を負う リンク
- [32]厚生労働省医政局医事課長通知「医師免許を有しない者によるいわゆるアートメイクの取扱いについて」(令和5年7月3日 医政医発0703第5号・第4号)。眉・アイラインを描く行為は医行為に該当し、無免許で業として行えば医師法第17条違反と回答 リンク
- [33]World Famous Tattoo Ink 公式ブログ「You Have Limitless, What Now?」。EU のスタジオに対し「非 REACH 対応インクはすべてスタジオから処分するように」と案内 リンク※ メーカー公式(販促表現を含む)。
- [34]Kuro Sumi 公式ブログ「You're Using Imperial, Now What?」。同趣旨の案内(製造元は World Famous と同じ Ink Projects) リンク※ メーカー公式(販促表現を含む)。