
彫師が刑事裁判にかけられた事件
事件の舞台は大阪府吹田市のタトゥーショップです。医師免許を持たない彫師が、2014年7月から2015年3月にかけて施術を行いました[1]。対象は3人の客で、合計4回、針を使って皮膚に色素を入れるタトゥー施術でした[1]。この行為が、医師法17条の「医師でなければ、医業をなしてはならない」という規定に違反するとして、彫師は刑事裁判にかけられました[1,2]。客とのトラブルではなく、依頼を受けて普通に彫った施術そのものが罪に問われた事件です。
第1審は彫師を有罪とし、罰金15万円を言い渡しました[1]。ところが控訴審は一転して無罪とします[1]。検察官はこれを不服として上告しましたが、最高裁は2020年9月16日に上告を棄却し、彫師の無罪が確定しました[1]。タトゥーを彫ることは、医師にしか許されない「医業」なのか。この問いに、最高裁が正面から答えを出した決定です。

そもそも「医行為」はどう決まるのか
意外に思われるかもしれませんが、医師法の条文そのものには「医行為」の定義が書かれていません[2]。第17条が定めているのは「医師でなければ、医業をなしてはならない」という一文だけです[2]。では何が医行為に当たるのか。その線引きは裁判所の解釈に委ねられてきました。タトゥーの事件でも、この線引きこそが最大の争点になりました。
2020年の決定で最高裁は、医行為を次のように説明しました。「医療及び保健指導に属する行為」のうち、医師が行わなければ保健衛生上危害を生じるおそれのある行為、という内容です[1]。ポイントは、条件が2段階になっていることです。まず、その行為が医療や保健指導の仲間であること。そのうえで、医師以外が行うと健康上の危険があること。この2つがそろって初めて医行為になります。危険があるかどうかだけでは決まらない、という点が重要です。
最高裁がタトゥーを医行為でないとした理由
最高裁は、タトゥーが装飾的・象徴的な要素や美術的な意義を持ち、社会的な風俗として受け止められてきたと指摘しました[1]。そのうえで、タトゥー施術は医療や保健指導に属する行為ではないと判断しました[1]。皮膚に針を刺すという見た目は医療に似ていても、その目的と社会での受け止められ方がまったく違う、という考え方です。
この決定を検討した厚生労働科学研究の報告書は、最高裁が重視した事情として、装飾・象徴・美術的な意義を持つこと、医学とは異なる知識や技能を必要とすること、医師の養成課程ではその技能を学ばないこと、そして長年にわたり医師免許のない彫師が施術を担ってきた実情を挙げています[3]。これは、医師免許を取得する過程でタトゥー施術に必要な知識や技能を学ぶことは想定されていない、という趣旨です[1]。
同じ報告書によれば、タトゥー施術は従来、行政解釈では医行為として扱われてきました[3]。厚生労働科学研究の報告書は、この決定によって従来の行政解釈は少なくとも一部を修正する必要があると述べています[3]。最高裁が判断したのは、依頼に基づく本件のタトゥー施術が医療・保健指導に属さず、医師法17条の医行為に当たらないという点です[1]。彫師という職業一般を法的に承認したり、資格や営業を規制したりする決定ではありません[1]。

「常に合法」のお墨付きではない
もうひとつ大切なのは、健康上のリスクが消えたわけではないことです。最高裁自身、タトゥー施術に保健衛生上の危険が伴うことを前提に、その危険は医師独占以外の方法で防止すべきだと述べています[1]。「医師でなくてもよい」と「危なくない」はまったく別の話です。針を皮膚に入れる以上、衛生管理の重要性は決定の前後で何ひとつ変わっていません。
決定後の国の動き、2022年の厚労省通知
決定を受けて、国も動きました。厚生労働省は2022年4月28日付で、薬生監麻発0428第1号という通知を出しています[4]。この通知は、タトゥー施術行為に使用されることのみを目的とした針やマシンなどの機械器具が、医薬品医療機器等法2条4項の「医療機器」に当たらないことを明確にするものです[4]。
ただし、この通知には条件があります。タトゥー用とうたっていても、病気の診断・治療・予防に使うことを目的とする機器は、引き続き医療機器として扱われます[4]。また、この通知が扱っているのは道具の話だけです。彫師の資格や営業許可を定めたものではありません[4]。「通知が出たから彫師の免許制度ができた」という理解は誤りなので、気をつけてください。
アートメイクはいまも医行為とされる
タトゥーが医行為でないなら、眉やアイラインに色素を入れるアートメイクも同じでは、と思うかもしれません。しかし答えは逆です。厚生労働省は2023年7月3日付の通知(医政医発0703第5号)で、眉またはアイラインを描くために針先に色素を付けて皮膚に入れる行為は医行為に当たると回答しました[5]。2025年8月15日付の通知では対象がさらに明確にされました。眉毛・毛髪・乳輪・乳頭を描く行為や、アイライン・チーク・リップなど化粧に代わる装飾を描く行為も、アートメイクとして医行為に当たるとされています[8]。医師免許のない人が業として行えば医師法17条違反になり、看護師などが行う場合も医師の指示が必要です[8]。
なぜタトゥーと結論が分かれるのでしょうか。通知は、アートメイクには医師や看護師などの医療従事者が医療の一環として関与してきた実態があることを理由に挙げています[5]。通知の検討では、アートメイクには一定の侵襲性があり、医療従事者による安全性の水準の確保がきわめて重要とされました[5]。さかのぼれば2000年6月9日の厚生省の回答でも、アートメイクは業として行えば医業に該当するとされています[6]。厚生労働科学研究の報告書も、アートメイクは医療の一環として医行為に当たるという考え方を示しています[3]。
見た目のよく似た2つの施術でも、法律上の扱いはここまで分かれます。タトゥーは彫師が担当できますが、アートメイクは医師免許を持つ人、または医師の指示を受けた看護師などしか行えません[5,8]。実際には医療機関で受けることが多くなりますが、これは医行為に当たるという法律上の位置づけから来る結果です。アートメイクに興味のある方は、医療機関でアートメイクを行う姉妹メディアinklinicの記事で、タトゥーとの法律上の違いを詳しく解説していますので、あわせてご覧ください。
利用者にとって変わったこと、変わらないこと
利用者の目線でまとめましょう。変わったのは法律上の扱いです。最高裁は、施術の目的や方法、実情、社会的な受け止め方などを踏まえ、彫師による施術は医師法違反に当たらないと判断しました[1]。ただしこれは個別の事情を考慮した判断であり、あらゆるタトゥー施術に自動的に当てはまるわけではありません。タトゥー専用の針やマシンが医療機器に当たらないことも、通知で明確になりました[4]。彫師の仕事が法律の上で認められる方向へ進んだ決定だったといえます。
一方で、変わらないこともあります。針を皮膚に入れる以上、感染症などのリスクへの備えは欠かせません。厚生労働科学研究の研究班は、2020年の決定によって彫師等の施術に対する安全規制の法律がなくなったとして、衛生管理のルール作りに取り組みました[7]。研究班はタトゥースタジオ1か所と、アートメイクを行う診療所2か所を訪問しました。そのうえで、施設、施設内の区域、器具、リネン・環境、職員・施設の衛生管理という5項目からなる衛生管理ガイドラインをまとめています[7]。
だからこそ、スタジオ選びが安心の分かれ目になります。針は使い捨てか。手袋の交換や施術スペースの清掃は行き届いているか。施術前のカウンセリングで、リスクの説明をきちんとしてくれるか。予約の段階で衛生管理について質問してみるだけでも、信頼できるスタジオかどうかの手がかりになります。気になることがあれば、遠慮なく予約時に相談してください。
よくある質問
- Q. タトゥーを彫ってもらうことは違法ですか?
- 2020年9月16日の最高裁決定は、彫師によるタトゥー施術は医師法17条の「医行為」に当たらないと判断しました。医師免許のない彫師の施術が、医師法違反に問われる前提はなくなっています。ただし決定の補足意見は、施術の内容や方法によっては傷害罪が成立し得るとも述べています。
- Q. 彫師に医師免許は必要ないのですか?
- 必要ありません。最高裁は、タトゥーが装飾的・象徴的要素や美術的意義を持つ社会的風俗であり、医療や保健指導に属する行為ではないと判断しました。一方で、施術に伴う保健衛生上の危険は別の方法で防止すべきだとも述べており、衛生管理のしっかりしたスタジオを選ぶことが大切です。
- Q. アートメイクも彫師にお願いできますか?
- できません。厚生労働省は2023年7月3日付の通知で、眉やアイラインのために針先に色素を付けて皮膚に入れる行為は医行為に当たると回答しています。医師免許のない人が業として行えば医師法17条違反になります。アートメイクは医療機関で受けるのが日本のルールです。
- Q. 2022年の厚労省通知で何が変わったのですか?
- 2022年4月28日付の通知(薬生監麻発0428第1号)で、タトゥー施術だけを目的とする針やマシンは医薬品医療機器等法上の医療機器に当たらないと扱われることが明確になりました。ただしこれは道具の扱いに関する通知で、彫師の資格や営業許可を定めたものではありません。
References
- [1]最高裁判所第二小法廷(裁判長:草野耕一). 平成30年(あ)第1790号 医師法違反被告事件. 最高裁判所, 2020. https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-89717.pdf
- [2]日本国. 医師法. e-Gov法令検索, 1948. https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000201
- [3]佐伯仁志、米村滋人. タトゥー施術行為をめぐる最高裁判決を踏まえた医師法17条の運用等に関する検討. 厚生労働科学研究成果データベース, 2023. https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/report_pdf/202206020A-buntan1.pdf
- [4]厚生労働省医薬・生活衛生局監視指導・麻薬対策課長. タトゥー施術行為に使用されることが目的とされている機械器具について. 厚生労働省医薬・生活衛生局監視指導・麻薬対策課, 2022. https://web.pref.hyogo.lg.jp/kf18/documents/04yakuseikanma0428_1.pdf
- [5]厚生労働省医政局医事課長. 医師免許を有しない者によるいわゆるアートメイクの取扱いについて. 厚生労働省, 2023. https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc7817&dataType=1&pageNo=1
- [6]厚生省健康政策局医事課長. 医師法上の疑義について(回答). 厚生省健康政策局医事課, 2000. https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00ta6716&dataType=1
- [7]小野太一、米村滋人、佐伯仁志、加藤英明. タトゥー施術等の安全管理体制の構築に向けた研究. 厚生労働科学研究成果データベース, 2023. https://mhlw-grants.niph.go.jp/project/161632
- [8]厚生労働省医政局長. ・美容医療に関する取扱いについて(◆令和07年08月15日医政発第815021号). 厚生労働省, 2025. https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc9325&dataType=1&pageNo=1
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