
SNSで拡散した主張の骨子
X(旧Twitter)などのSNSでは、タトゥーと知能を結びつける主張を見かけることがあります。特定の投稿がどれほど拡散したかを検索日や検索語つきで確認したものではなく、拡散の規模についてこの記事では主張しません。拡散した投稿の正確な文面も実在を確認できないため、この記事では引用しません。ここでは主張の中身を要約して示します。今回の記事で扱う主張の骨子はこうです。タトゥー保有者は学歴や所得が低い傾向にある、だからタトゥーは知能が低いということになる、というものです。以下ではこの要約を検証の対象にします。
この種の主張が広まりやすいのには理由があります。一見すると統計の話に見えるので、単なる悪口より説得力がありそうに感じられるからです。しかし「学歴と相関がある」という話と「知能が低い」という結論のあいだには、いくつもの段差があります。この記事では海外の調査データを一つずつ確認し、その段差がどこにあるのかを見ていきます。
IQを直接測った研究は、ほとんど存在しない
まず最初の問いです。タトゥー保有者と非保有者に知能検査を実施して、点数を比べた研究はあるのでしょうか。この記事の執筆時点で著者が確認できた研究は2件です。系統的な文献検索は行っておらず、検索式・検索日・対象データベース・除外基準も示せません。この「2件」は著者が確認できた範囲を示すもので、世界にこの種の研究が2件しかないという意味ではありません。ほかにも関連研究がある可能性は十分にあります。1件目は1971年に発表された研究です[11]。米ユタ州立刑務所の受刑者を対象に、タトゥーのある101人とない70人を比較しています。あり群はなし群よりIQと学歴が低いと報告されました[11]。ただし対象は受刑者に限られ、半世紀以上前の研究です。
2件目は2015年、ドイツ・ハンブルクの大学や専門大学の学生104人を対象にした研究です。当初106人が参加し、未完了だった2人を除いた104人が解析対象となっています[10]。タトゥーのある学生50人とない学生54人に、37問の語彙課題から標準IQへ換算するMWT-Aという検査を実施しました。MWT-Aが測るのは結晶性知能であり、知能全般を網羅する検査ではありません。論文の表2に示された平均IQは、なし群115.61、あり群113.16です[10]。
同論文はMann-WhitneyのU検定の結果として「U(50, 54)=104、p=0.425」を報告しています。しかしこの群サイズでは、このU値とp値の対応に不整合が見られます。報告値に不整合があるため、この記事では厳密な再検証はできません。また、同論文の本文ではこの平均IQが「113.6」と記載されており、表2の113.16とも一致しません。この1か所の不一致だけから研究全体の報告精度を評価することはできませんが、数値の扱いには注意が必要です。本記事では表2の平均値を参考情報として扱います。
受刑者を対象にした研究では、IQと学歴の差が報告されました[11]。学生を対象にした研究では、報告値の不整合により厳密な再検証はできません[10]。どちらも対象が偏った小規模な研究で、一般の人々のIQの差を結論づける設計ではありません。国全体の傾向を語れる規模の直接比較は、この記事の範囲では示せていません。
そのためSNS上の議論では、学歴が知能の「代わりの指標」として使われがちです。しかし学歴は、知能検査の点数そのものではありません。142の効果量・42のデータセット・60万人超を統合したメタ分析があります[19]。複数の準実験デザインを統合したメタ分析では、追加の教育1年がおおむね1〜5IQポイントの認知能力の得点上昇と関連すると報告されています[19]。ただし関連があるからといって、学歴を知能の代わりに使ってよいとは限りません。
教育を受けた年数が長いほど検査の点数が上がるという関係と、学歴そのものが知能の指標になるという主張は、別の話です。ここに最初の飛躍があります。「学歴と相関がある」というデータが仮にあったとしても、そこから「知能が低い」という結論には進めません。そこに進むには、学歴を知能の指標として扱えるという別の裏づけが必要になるのです。
保有率と学歴のデータを見る
では、保有率と学歴のデータはどうなっているのでしょうか。米国のPewリサーチセンターが2023年7月に成人8,480人を対象に行った調査では、米国の成人の32%がタトゥーを持っていました[12]。これは米国成人を代表するように重みづけした推定値です。学歴別に見ると、Pewの原表記で「some college or less」とされる層は37%でした。学士号保有者は24%、大学院の学位保有者は21%です[12]。「some college or less」は、大学に少し通った人と高校卒業以下をまとめた広い分類です。日本の学歴区分に正確に対応させることはできません。これ以上細かい学歴の内訳は、Pewの公開記事の本文では示されていません。所得別でも、低所得世帯で43%、中所得世帯で31%、高所得世帯で21%と差があります[12]。
別の国の調査も見てみます。オーストラリアで16〜64歳の男女8,656人を対象にしたという電話調査があります。報告によれば、回答者の14.5%がタトゥー経験ありと答えました。保有率は20〜39歳で高く、男性では低い教育水準や技能職との関連があるとされています[13]。数字は国や調査の方法によって変わりますが、保有者がまれな存在ではないことは、確認できた出典の範囲でも共通しています。ここまでで確認できたのは、学歴や所得と保有率のあいだの相関です。問題は、その相関が何を意味するかです。この点は後の章で詳しく検討します。
性格研究が示したのは「小さな差」だった
米国の大学生1,375人を対象にした2008年の研究があります。この研究では、タトゥー保有者は非保有者より協調性と誠実性が低く、人と違っていたいという独自性の欲求が高いという結果が出たと報告されています[14]。報告では統計的に有意な差があるとされています。ただし、説明できる分散は非常に小さく、現実の生活では重要でない差である可能性が高いとも述べられています[14]。仮にこの報告のとおりだとしても、性格の傾向の差はごく小さく、知能の低さを示す結果ではありません。

仕事と収入のデータでは差が消える
知能そのものではありませんが、雇用や収入という労働市場の結果を見る方法もあります。米国とオーストラリアのデータを使った2016年の研究では、単純比較ではタトゥーが雇用や収入と負の関連を示しました。しかし学歴や職種、生活習慣などを統計的に調整すると、その差は小さくなり、有意ではなくなりました[16]。米国の労働市場データを複数の方法で分析した2019年の研究もあります。この研究では、同研究が扱った種類や可視性の分類の範囲内で、雇用、賃金、年収における差別の実証的証拠は見いだされなかったと報告しています[17]。
ただし、この結果をすべての国や職種に広げることはできません。分析の対象になったのは米国とオーストラリアのデータであり、タトゥーの部位や内容によって扱いが変わる余地も残ります。「タトゥーがあれば必ず不利になる」とも「差は必ず消える」とも、まだ言い切れないのです。少なくとも、雇用や収入のデータは、知能を直接示すデータではありません。
相関と因果は別物。この話題での区別のしかた
ここで、相関と因果の違いを確認します。相関とは、2つの数字が一緒に動くという関係にすぎません。統計学の教材でよく使われるたとえ話を挙げます。仮にアイスクリームの売上と水難事故の件数のあいだに相関があったとしても、アイスが事故を引き起こすわけではありません。夏の暑さという第三の要因が、両方を動かしている可能性があります。学歴とタトゥーの相関にも、同じ疑いを向ける必要があります。
第三の要因の候補はいくつも考えられます。たとえば職業上の事情です。後で紹介する写真評価の実験は、タトゥーのある人物を見る側が低く評価する傾向を示しています[18]。ただし、この実験が測定したのは写真を見た人の印象だけです。採用や職業選択、施術を控える行動そのものを測定した研究ではありません。この記事で確認できた出典の範囲では、見る側の印象と、学歴や保有率の相関を直接結びつける根拠は示されていません。年齢層や地域の文化も、学歴と保有率の両方に影響しうる要因です。相関のデータだけでは、これらを切り分けられません。
研究そのものの限界も知っておく
紹介した研究にも限界があります。第一に自己申告の問題です。保有率や性格のデータは、いずれも本人の申告に基づいています[12,14]。自己申告には、一般に社会的に望ましい方向へ回答が偏るリスクがあります。ただし、[12]や[14]自体が、タトゥー保有の申告でこの偏りがどの程度起きるかを示しているわけではありません。第二に対象の偏りです。知能を直接測った2件の研究は、片方が受刑者[11]、もう片方が学生[10]に限られます。性格研究[14]の対象も学生です。特定の集団で見つかった結果や、見つからなかった差が、そのまま社会全体に当てはまるとは限りません。年代や国が違えば、相関のあり方も変わりえます。
第三に地域差です。この記事で紹介したのは米国、ドイツ、オーストラリアのデータであり、日本のデータではありません。鈴木らの研究は、日本のタトゥー保有者174人を対象に、伝統的な和彫り群76人と洋彫り群98人を比較したものです[20]。参加者は2016年に6,438人へ接触した中から、オンライン調査を完了した84人と知人経由で直接募集した90人を合わせて集められました[20]。この調査はタトゥーの有無ではなくスタイルの違いを比べたものであり、米国やオーストラリアの有無比較の調査とは目的も方法も異なります。
それでも、海外の相関データをそのまま日本の個人へ当てはめるのは飛躍です。
測定されたのは知能ではなく、見る側の偏見だった
最後に、この話題で示唆的な実験を紹介します。米国で2002年に発表された実験では、上腕に目立つタトゥーがある女性の写真と、同じ女性でタトゥーがない写真を、高校生と大学生に見せて評価させました。知的に見えるかを含む13の個人的特性のうち、タトゥーのある写真の人物は9つで統計的に低く、より否定的に評価されました[18]。写真の人物は同一なので、評価の差が本人の能力から生じたとは考えられません。この実験が直接示したのは、見る側の評価に差が出たという事実です。その差を生んだ心理的な仕組みそのものを、この実験が測定したわけではありません。ここで測られたのは写真を見る側の印象であり、保有者の実際の知能ではありません。
検証の結果をまとめます。知能を直接測った研究として、この記事の調査で確認できたのは2件です(網羅的な文献検索の結果ではなく、著者が確認できた範囲です)。1971年の研究ではタトゥーのある受刑者でIQと学歴が低いと報告されましたが、対象は受刑者に限られます[11]。2015年の学生研究については、U値とp値の対応に不整合があり、報告値に不整合があるため厳密な再検証はできません。表2の平均値では、あり群がなし群よりわずかに低い結果でした[10]。学歴や所得との相関は米国の調査で確認されていますが[12]、相関は因果ではありません。第三の要因で説明できる余地があります。性格の面では差が報告されていても、その大きさは小さいものでした[14]。
雇用と収入はどうでしょうか。米国とオーストラリアのデータを使った研究では、人的資本や職業、生活習慣などを調整すると、雇用や所得との関連は有意ではなくなりました[16]。米国の労働市場データを複数の方法で分析した別の研究でも、雇用、賃金、年収における差別の実証的証拠は見いだされませんでした[17]。ただし、この結果をすべての国や職種、タトゥーの部位に広げることはできません。一方で、同じ人物でも、写真の違いによって見る側の評価が下がることは、実験で示されています[18]。
よくある質問
- Q. タトゥー保有者のIQを直接測って比較した研究はありますか?
- 筆者が査読つき学術誌を確認できた範囲では、保有者と非保有者に知能検査を実施して比較した大規模研究はほとんど見当たりません。多くの議論は学歴を代わりの指標にしていますが、学歴は知能そのものではありません。
- Q. タトゥーと学歴に相関があるのは事実ですか?
- オーストラリアの8,656人調査など、一部の調査で学歴が低い層に保有者がやや多い傾向は報告されています。ただし相関は原因と結果を示しません。職場の服装規定など、別の要因で説明できる余地が残ります。
- Q. タトゥーがあると収入や就職で不利になりますか?
- 米国の2,064人を対象にした2019年の研究では、タトゥーの有無と雇用や収入のあいだに統計的に意味のある差は見つかりませんでした。一方で、採用担当者の側に否定的な印象が残っていることを示す調査はあります。
References
- [10]Anette Sandra Cebula, Erich Kasten. Differences in Intelligence and Creativity between Tattooed and Non-Tattooed Students. Psychology and Behavioral Sciences, 2015. doi:10.11648/j.pbs.20150404.14
- [11]Robert J. Howell, I. Reed Payne, Allan V. Roe. Differences Among Behavioral Variables, Personal Characteristics, and Personality Scores of Tattooed and Nontattooed Prison Inmates. Journal of Research in Crime and Delinquency, 1971. doi:10.1177/002242787100800104
- [12]Katherine Schaeffer, Shradha Dinesh. 32% of Americans have a tattoo, including 22% who have more than one. Pew Research Center, 2023. https://www.pewresearch.org/short-reads/2023/08/15/32-of-americans-have-a-tattoo-including-22-who-have-more-than-one/
- [13]Wendy Heywood, Kent Patrick, Anthony M. A. Smith, Judy M. Simpson, Marian K. Pitts, Juliet Richters, Julia M. Shelley. Who gets tattoos? Demographic and behavioral correlates of ever being tattooed in a representative sample of men and women. Annals of Epidemiology, 2012. doi:10.1016/j.annepidem.2011.10.005
- [14]James C. Tate, Shelby Shelton. Personality correlates of tattooing and body piercing in a college sample: The kids are alright. Personality and Individual Differences, 2008. doi:10.1016/j.paid.2008.04.011
- [16]Michael T. French, Johanna Catherine Maclean, Philip K. Robins, Bisma Sayed, Leah Shiferaw. Tattoos, Employment, and Labor Market Earnings: Is There a Link in the Ink?. Southern Economic Journal, 2016. doi:10.1002/soej.12132
- [17]Michael T. French, Karoline Mortensen, Andrew R. Timming. Are tattoos associated with employment and wage discrimination? Analyzing the relationships between body art and labor market outcomes. Human Relations, 2019. doi:10.1177/0018726718782597
- [18]Douglas Degelman, Nicole Deann Price. Tattoos and Ratings of Personal Characteristics. Psychological Reports, 2002. doi:10.2466/pr0.2002.90.2.507
- [19]Stuart J. Ritchie, Elliot M. Tucker-Drob. How Much Does Education Improve Intelligence? A Meta-Analysis. Psychological Science, 2018. doi:10.1177/0956797618774253
- [20]Tomohiro Suzuki, Tomoo Okubo. An Empirical Study of the Actual Conditions, Current Attitudes, and Psychological Outcomes of Tattooing Among Japanese People. Japanese Psychological Research, 2025. doi:10.1111/jpr.12584
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