タトゥー施術中の潤滑剤:シリコーンとワセリン、何がどう違う?
施術中に皮膚へ塗る潤滑剤(グライド)。「ワセリンは石油由来だから良くない」という話を耳にしますが、実は逆で、精製されたワセリンは最も刺激の少ない部類です。実際、今でもワセリンを使うアーティストは多く、シリコーン系を好む人もいます。どちらが正解という話ではなく、選ぶ理由は安全性ではなく作業性の好みです。両者の違いを整理します。
1. 「石油由来だから刺激が強い」は誤解
タトゥーの世界では「ワセリンは石油から作られるから皮膚に良くない」という声をときどき聞きます。けれど、これは正確ではありません。施術や保湿に使う白色ワセリン(ワセリンUSP)は高度に精製された純度の高いもので、皮膚科で知られているなかでも、もっとも刺激やアレルギーを起こしにくいエモリエント(皮膚をやわらかく保つ油性成分)の一つです[1]。
実際、白色ワセリンは敏感肌や赤ちゃんのケアにも使われます。「石油=悪いもの」というイメージは、原料の名前から来る思い込み(自然主義の誤謬)で、精製された製品の安全性とは別の話です。つまり、ワセリンを"危険だから"避ける必要はありません。
2. ワセリンは今も広く使われている(向き不向きはある)
- ワセリン(白色ワセリン)
- 非常に少ない(精製度が高い)
- シリコーン系グライド(ジメチコン)
- 少ない(hypoallergenic)
- ワセリン(白色ワセリン)
- 非常に強い(水分蒸発を約99%抑制)
- シリコーン系グライド(ジメチコン)
- 穏やか(水蒸気を通す)
- ワセリン(白色ワセリン)
- 重い・べたつく
- シリコーン系グライド(ジメチコン)
- 軽い・さらっと
- ワセリン(白色ワセリン)
- 膜が重く、ひっかかりが出ることがある
- シリコーン系グライド(ジメチコン)
- 摩擦が少なくなめらか
- ワセリン(白色ワセリン)
- にじみ・溶けやすい
- シリコーン系グライド(ジメチコン)
- 保ちやすい
- ワセリン(白色ワセリン)
- インクを薄めぼやけやすい
- シリコーン系グライド(ジメチコン)
- クリアに見える
- ワセリン(白色ワセリン)
- 乾燥した皮膚の保護・保湿
- シリコーン系グライド(ジメチコン)
- 施術中の潤滑(グライド)
| 項目 | ワセリン(白色ワセリン) | シリコーン系グライド(ジメチコン) |
|---|---|---|
| 刺激・アレルギー | 非常に少ない(精製度が高い) | 少ない(hypoallergenic) |
| 閉塞性(覆う強さ) | 非常に強い(水分蒸発を約99%抑制) | 穏やか(水蒸気を通す) |
| 使用感 | 重い・べたつく | 軽い・さらっと |
| 摩擦・針のすべり | 膜が重く、ひっかかりが出ることがある | 摩擦が少なくなめらか |
| ステンシル保持 | にじみ・溶けやすい | 保ちやすい |
| 発色・視認性 | インクを薄めぼやけやすい | クリアに見える |
| 主に向く用途 | 乾燥した皮膚の保護・保湿 | 施術中の潤滑(グライド) |
まず前提として、ワセリンは現在も多くのアーティストが施術中に使っている、定番の潤滑剤です。安価で手に入りやすく、皮膚にやさしいことが理由です。使い慣れた人が良い結果を出している以上、「ワセリンはダメ」という話ではありません。
そのうえで、ワセリンならではのクセはあります。ワセリンは皮膚を覆う力(閉塞性)がとても強く、皮膚からの水分蒸発を約99%抑えるほどの、もっとも強いオクルーシブ(密閉する膜)です[1]。保湿には心強い性質ですが、施術中には次のような場面で扱いにくさが出ることがあります。
第一に、油膜が重いためステンシル(下絵の転写)をにじませたり、早く溶かしたりすることがあります。第二に、インクと混ざって発色を薄め、ラインがぼやけて見えにくくなることがあります。第三に、べたつきと厚い膜で熱や血漿(しんしゅつ液)を閉じ込めやすく、施術面が見づらくなることがあります[2]。こうした点を、こまめに拭き取る・量を減らすなどの工夫でカバーしながら使うアーティストも多くいます。
3. シリコーン(ジメチコン)グライドという選択肢
近年は、ワセリンの代わりにシリコーン系グライドを使うアーティストも増えています。主成分のジメチコンは、医療用シリコーンとしても使われる成分で、刺激が少なく(hypoallergenic)、毛穴をふさぎにくい(non-comedogenic)性質があります[1]。膜が薄く軽いうえ、水蒸気を通すので閉塞が穏やかです。
この「薄くて軽い」性質が、前章で挙げたワセリンのクセを補ってくれます。ステンシルが保たれやすく、インクの発色や施術面がクリアに見え、塗り直しの回数も少なくて済む傾向があります[2][3]。針の滑り(グライド)を確保しつつ視認性を損ないにくい、というバランスを評価して選ぶ人がいる、という位置づけです。
シリコーンのもう一つの特徴は、摩擦の少なさです。主成分のジメチコンは、化粧品の分野で肌の上での「すべり(スリップ)」を良くする目的で広く使われ、摩擦を減らしてなめらかな感触を与える成分として知られています[5]。潤滑剤(グライド)はもともと針と皮膚の摩擦や、それによる熱を抑えるためのもので[2][3]、摩擦が少ないほど針が皮膚の上をなめらかに動きやすく、理論上はインクの入りがスムーズになることが期待されます[4]。ただし、実際のインクの入り方は施術者の技術や針の種類、スピード、部位や皮膚の状態にも左右されます。シリコーンに替えれば必ず入りが良くなる、という単純な話ではありません。
ただし注意点として、シリコーンは閉塞性が穏やかなぶん、ワセリンのような強い保湿・密閉力はありません[1]。つまりシリコーンは「施術中の潤滑」に向き、「治癒中の保湿」とは役割が別、という棲み分けになります。施術中の潤滑として、ワセリンとシリコーンのどちらが優れているかは一概には言えず、最後はアーティストの好みと慣れによります。
4. まとめ:施術中は好みで、治癒後は保湿重視で
整理すると、安全性を理由にワセリンを避ける必要はありません。施術中の潤滑剤は、定番のワセリンも、軽さ・ステンシル保持・発色の視認性で選ばれるシリコーン系も、どちらも現役の選択肢です。最後はアーティストの好みと作業スタイルで決まります。
一方で、治癒中の保湿は別の話です。油膜で覆うだけのワセリンより、水分と保湿成分を届ける無香料クリームのほうが、乾燥やかゆみによる掻き壊し(色ムラ・色抜けの原因)を防ぎやすく向いています。香料入りの保湿剤は治癒中のかぶれの原因になりやすいので避けてください。施術中の潤滑は好みで選び、治癒後の保湿は無香料クリーム、と用途で使い分けるのが基本です。
01
施術中の潤滑
ワセリンもシリコーン系(ジメチコン)も使われている。軽さやステンシル保持を重視するならシリコーン系、使い慣れて結果が出ているならワセリンでよい。
02
安全性の判断
ワセリンは精製度が高く低刺激。石油由来を理由に避ける必要はない。
03
治癒中の保湿
油膜のみのワセリンより、水分+保湿成分を届ける無香料クリームを優先する。
よくある質問
- Q. ワセリンは石油由来だから施術に使わないほうがいい?
- いいえ。施術や保湿に使う白色ワセリンは高度に精製された純度の高いもので、もっとも刺激やアレルギーを起こしにくいエモリエントの一つです。石油由来であることを理由に避ける必要はありません。
- Q. 施術中はワセリンとシリコーン、どちらを使えばいい?
- どちらも現役で使われており、好みと作業スタイルで選んで問題ありません。ワセリンは安価で皮膚にやさしく定番ですが、膜が重くステンシルをにじませたり発色を見えにくくしたりすることがあります。シリコーン(ジメチコン)は膜が薄く軽いため、ステンシルが保たれ発色や施術面がクリアに見えやすい一方、保湿力は弱めです。また、シリコーンは摩擦が少なく、理論上は針がなめらかに動いてインクの入りがスムーズになることが期待されますが、実際の入り方は技術や部位にも左右されます。使い慣れて良い結果が出ているなら無理に変える必要はありません。
- Q. 治癒中の保湿もシリコーンでいい?
- 役割が別です。シリコーンは閉塞が穏やかなぶん保湿力は強くありません。治癒中は、水分と保湿成分を届ける無香料クリームを優先してください。香料入りはかぶれの原因になりやすいため避けます。
References
- [1]Draelos ZD. Moisturizers. zoedraelos.com(皮膚科医による解説). https://www.zoedraelos.com/articles/moisturizers/
- [2]Petroleum Jelly vs. Tattoo Glide: Which Should Artists Use?. Tattoo Everything Supplies. https://www.tattooeverythingsupplies.co.uk/blogs/news/petroleum-jelly-vs-tattoo-glide-which-should-artists-use
- [3]Choosing the Best Lubricant for Tattooing. Maestro Tattoo. https://maestrotattoo.com/aftercare/best-tattoo-lubricant-choosing/
- [4]How Ink REALLY Gets Into Skin - Tattoo Overview: Episode 8. Fireside Tattoo Network(YouTube). https://www.youtube.com/watch?v=VeeGmFS749Y
- [5]Silicone in Dermatology: An Update. PMC(NIH・査読論文). https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10298615/
- [6]Noble S, Moseman K, Medina S, German GK, Swierk J. Is Tattooing an Injection? Evaluating the Mechanics of Ink Placement. Acta Biomaterialia(2025)DOI: 10.1016/j.actbio.2025.08.055. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40886969/
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