医療で使われるタトゥー、放射線マーカーから半永久インクまで
タトゥーは装飾の文脈だけでなく、放射線治療の位置決めマーカー、乳房再建後の乳輪・乳頭再現、メディカルアラート(病歴の身体表示)など、医療現場でも実用されてきました。永久タトゥーの心理的負担をめぐる議論、Henry Ford Health × Ephemeral 社による半永久タトゥーインクの臨床試験(NCT05248009)、日本での放射線治療マーキング実務(JASTRO 2024 全国調査)まで、医療領域でのタトゥーの実像と最新動向を整理します。

1. 医療でのタトゥー、どこで、なぜ使われてきたか
「タトゥー」と聞くと装飾としての施術を思い浮かべる人が多いはずですが、医療現場でも数十年単位で実用されてきた施術です。代表的な用途は3つ。(1) 放射線治療の位置決めマーカー、(2) 乳房再建後の乳輪・乳頭の色彩再現、(3) メディカルアラート(病歴や禁忌情報を皮膚に明示する目的)。いずれも「皮膚に色素を真皮層まで入れて、長期間ズレない目印を作る」という点で装飾タトゥーと同じ技術基盤を共有しています。
ただし、医療領域でのタトゥーは「永続性」の意味合いが装飾とは大きく異なります。治療マーカーの場合、治療が終わったあとも一生消えない印が身体に残ることが患者の負担になるという議論が長年あり、近年は半永久タトゥーインクへの置換、あるいは非タトゥー手法(体表ガイド放射線治療=SGRT)への移行が進められています。本記事では各用途の現状と、患者・医療者双方の視点から見えてきた論点を整理します。
2. 放射線治療のマーカー、数十年来の標準と、その負担
放射線治療では、毎回ミリ単位の精度で同じ位置に照射する必要があります。皮膚表面に小さな永久タトゥー(点状のインク注入、いわゆる India ink)を入れて目印にするのは、1970年代以降の標準的な手法でした[1]。ペン跡のように剥がれず、シャワーや日常生活でもズレない再現性が支持されてきました。乳房や胸壁、骨盤など照射部位に応じて、複数の点を体表面に配置するのが一般的です[1]。
一方で患者側の視点では、治療が終わったあとも一生残る印が身体に残ること、それが「がんを患った身体的な記憶」として精神的な負担になりうることが、複数の患者調査で繰り返し指摘されてきました[2,3]。Wickers らが2024年に発表した英国の査読研究(早期乳がんで放射線治療を受けた204名へのアンケート)では、永久インディアインク(墨)のマーカーについて『全体的にネガティブな影響があった』と回答した患者が51%、ポジティブと答えたのは6%でした[2]。さらに27%は『がんを思い出させる constant negative reminder(消えない否定的なきっかけ)として残り続けた』と回答しています[2]。
2024年の Red Journal(International Journal of Radiation Oncology, Biology, Physics)の論考でも、『医療タトゥーは治療セットアップの伝統的な実践だが、過去研究で乳がん患者への心理社会的負担が示されており、選択肢があれば多くの患者が非永久のオプションを希望する。既にボディアートを持つ患者にとっても、医療タトゥーが当然受け入れられると想定すべきではない』と論じられています[3]。
51%
「全体的にネガティブな影響があった」
6%
「ポジティブだった」
27%
「がんを思い出させる消えないきっかけとして残り続けた」
3. Henry Ford × Ephemeral、半永久タトゥーへの置換試験
この心理的負担を減らすための一つの試みが、米ミシガン州デトロイトの Henry Ford Health と Ephemeral Solutions による2023年5月発表の共同研究です(試験番号 NCT05248009 / 主任研究者 Farzan Siddiqui 医師)[4,5,6]。装飾用エフェメラルタトゥーで使われている生分解性ポリマー封入インクを、放射線治療のマーカーとして使えるかを評価する単群インターベンショナル・パイロット試験として設計されました[5]。
試験では、放射線治療を予定していた患者15名に対して、Made-to-Fade インクで合計44個のマーカーを施術。4〜8週間の放射線治療コース中ずっと目印として機能するよう処方設計され、被験者は毎週、施術部位の痛み・かゆみ・発疹などの有害事象について医療スタッフのフォローを受けました[4,6]。2023年5月時点で Eric Schaff 医師(Henry Ford 放射線腫瘍科レジデント)は、『初期の安全性データは有望で、これまでに被験者からの有害事象報告はゼロ』と発表しています[4,6]。
この試験は ClinicalTrials.gov 上で2024年9月1日に COMPLETED ステータスに到達済みですが、本記事公開時点で正式な結果ポスティング・査読論文化は未確認です[5]。上記の『副作用報告ゼロ』は2023年5月のプレスリリース時点での被験者自己報告に基づく値で、最終解析の公表後に数値が変動する可能性がある点には留意が必要です。
Ephemeral 社はこの臨床研究と並行して、放射線治療用に専用設計した『FadeMark』という製品を共同開発しています[7]。生体吸収性・生体適合性の医療グレードポリマーインクと、滅菌・使い捨てのマイクロブレード式アプリケーターをセットにした製品で、通常 6〜15か月で退色する設計です[7]。公式は『2024年10月から顧客への発送を開始』とアナウンスしていますが、FDAでの規制パスや実際の導入医療機関の独立検証情報は本記事公開時点では確認できていません[7]。Ephemeral × 放射線治療マーカーのより詳細な経緯は、当サイトの関連記事『エフェメラルタトゥーの医療応用、放射線治療マーカーへの転用研究』にまとめています。
15名
放射線治療予定の被験者
44個
施術したマーカー数
0件
有害事象報告
2023年5月時点・自己報告ベース
4. 乳房再建後の乳輪・乳頭タトゥー(3D Areola Tattoo)
もう一つ確立されている医療タトゥーの用途が、乳がん術後の乳房再建における乳輪・乳頭の色彩再現です。乳房切除術+再建術を受けた患者に対して、最終工程として乳輪の色味や乳頭の立体感をタトゥーで再現する手法は、米国を中心に1990年代以降に普及し、現在では『3D Nipple-Areola Tattoo』として独立した専門領域になっています。施術者は形成外科医、医療資格を持つ専門スタッフ、または特定の研修を受けたタトゥーアーティストが担うのが一般的です。
医療マーキングとしての位置決め用タトゥーが『治療目的・治療終了後は消したい』というニーズを抱えるのに対して、乳輪・乳頭タトゥーは『治療後の身体イメージを取り戻すための、長く残したい施術』という対極の位置づけにあります。永続性そのものが患者のニーズを直接満たす数少ない医療タトゥーの用途で、リアリスティック陰影法や色彩設計のテクニックが装飾タトゥーから持ち込まれている点も特徴的です。
日本国内では、乳房再建術自体は保険適用が広がっていますが、術後の乳輪・乳頭タトゥーについては医療機関での実施・専門スタジオでの実施の双方があり、施術者の資格要件や保険適用範囲は施設・地域によって対応が異なります。希望される場合は、再建術を担当した医師、あるいは形成外科の専門医に最初に相談するのが現実的です。
5. メディカルアラート・タトゥー、病歴を皮膚に書く議論
もう一つ国際的に議論されてきたのが、糖尿病・てんかん・血液疾患・薬剤アレルギー・DNR(蘇生処置拒否)といった病歴や意思表示をタトゥーで皮膚に明示する『メディカルアラート・タトゥー』です。事故や急変時に意識を失っていてもタトゥーが医療者に情報を伝えるという発想で、欧米では2010年代以降、患者自身の選択肢として広がってきました。
ただし医療現場では、タトゥーの情報が必ずしも信頼できるとは限らないという慎重論も根強くあります。たとえば DNR タトゥーがあっても、本人の現在の意思が同じである保証はなく、また書き換えや時間経過による意思変化の可能性もあるため、医療者は基本的に書面の事前指示書(Advance Directive)に従うことが推奨されています。日本国内では、メディカルアラートとしての公式な制度はリストバンド型・カード型のID(日本糖尿病学会発行の IDカードなど)が主流で、タトゥーによる代用は標準的な選択肢としては位置づけられていません。
6. 日本での放射線治療マーキングの現在
日本の放射線治療現場では、永久タトゥーや皮膚マーカーが今も主流で、一部の施設で SGRT(Surface-Guided Radiation Therapy / 体表ガイド放射線治療)の導入が進んでいる、というのが現時点の実態です。日本放射線腫瘍学会(JASTRO)の支援を受けた全国調査(2024年10〜12月、880施設に調査票配布、292施設回答、回答率33.2%)では、SGRT を導入している施設は98施設(回答施設の33.6%、全国推計で約11.1%)にとどまり、そのうち約半数(50施設)は2022年以降の新規導入と報告されています[8]。
SGRT 導入済みの98施設の内訳でも、CT シミュレーション時の皮膚マーキングを完全に廃止できているのは24施設(24.5%)にとどまり、29施設(29.6%)が部分削減、43施設(43.9%)は従来どおり皮膚マーキングを継続しています[8]。マーカーレスへの移行は、SGRT 導入施設に限っても少数派です。
本記事公開時点で、FadeMark などの半永久タトゥーインクが日本国内の放射線治療現場で臨床導入された事例は確認できていません。JASTRO の全国 SGRT 調査もマーカー素材の扱いは『皮膚マーカー(タトゥーを含む)の維持/削減/廃止』の三分類にとどまり、半永久タトゥーへの置換オプションには触れていません[8]。生分解性インクの医療マーカー応用が日本で広がるかは、PMDA の医療機器・体外診断用医薬品としての位置づけ、JASTRO のガイドラインへの反映、そして大学病院でのパイロット研究の有無にかかってきます。
98施設
SGRT導入施設
回答施設の33.6%/全国推計 約11.1%
24.5%
皮膚マーキングを完全廃止できた施設
SGRT導入98施設のうち24施設
43.9%
従来どおり皮膚マーキングを継続
SGRT導入施設でも43施設
7. まとめ、装飾以上に『永続性』の意味が問われる領域
医療領域のタトゥーは、装飾としての施術と技術基盤を共有しながら、『永続性』が患者にとって何を意味するかという問いに正面から向き合うことを求められてきました。放射線治療マーカーのように『治療後は消したい』ニーズと、乳輪・乳頭再建のように『治療後の身体を取り戻すために長く残したい』ニーズが同居しています。
Henry Ford × Ephemeral の臨床試験と FadeMark 製品化は、『治療期間中だけ確実に保持できるマーカー』という選択肢を医療現場に持ち込んだという点で、医療タトゥーの議論を一歩前に進めました。日本での導入はまだこれからの段階ですが、永続性の重みを患者が選べる方向に技術が動きつつあることは確かです。一般向けエフェメラルタトゥーを検討している方にとっても、医療研究で毎週モニタリングされる前提でこのインクの安全性が検証され、副作用ゼロ報告が示されたという事実は、装飾用途で施術を受ける際の安全性を判断する一つの参考材料になります。
よくある質問
- Q. 放射線治療ではなぜタトゥーが使われるのですか?
- 毎回ミリ単位の精度で同じ位置に照射するため、皮膚表面に小さな目印(マーカー)が必要だからです。永久タトゥーは1970年代以降、剥がれずズレないマーカーとして使われてきました。一方で治療後も一生消えない印が残るため、近年は半永久タトゥーや非タトゥー手法(体表ガイド SGRT)への移行が議論されています。
- Q. 永久の放射線治療マーカーは患者にどんな負担を与えますか?
- 英国 Wickers らの2024年査読研究(n=204)では、51%が『全体的にネガティブな影響があった』と回答、27%が『がんを思い出させる消えない否定的なきっかけとして残り続けた』と答えています。Red Journal の2024年論考も『選択肢があれば多くの患者が非永久のオプションを希望する』と指摘しています。
- Q. Henry Ford × Ephemeral の臨床試験ではどんな結果が出ていますか?
- 2023年5月時点のプレスリリースで、被験者15名(合計44マーカー)の自己報告ベースで有害事象報告はゼロと発表されています。試験は2024年9月1日に COMPLETED ステータスに到達済みですが、本記事公開時点で ClinicalTrials.gov 上に正式な結果ポスティング・査読論文化は未確認です。
- Q. 乳房再建後の乳輪・乳頭タトゥーは医療でのタトゥーに含まれますか?
- はい。乳がん術後の乳房再建における最終工程として、乳輪の色味や乳頭の立体感をタトゥーで再現する『3D Nipple-Areola Tattoo』は、米国を中心に確立された医療タトゥーの一分野です。治療マーカーとは逆に『治療後の身体イメージを取り戻すために長く残したい』施術として位置づけられています。
- Q. 日本では放射線治療のマーカーは今もタトゥーが使われていますか?
- はい、永久タトゥーや皮膚マーカーが今も主流です。JASTRO の2024年全国調査(回答 n=292)では、SGRT 導入は98施設(約11.1%)にとどまり、SGRT 導入済み施設の中でも完全マーカーレス化できているのは24.5%、43.9%は従来どおり皮膚マーキングを継続しています。日本国内で半永久タトゥーインクの臨床導入事例は本記事公開時点で確認できていません。
References
- [1]Radiation Therapy Tattoos: An Overview. American Society for Radiation Oncology (ASTRO). https://www.astro.org/Patient-Care-and-Research/Patient-Education(accessed 2026-05-30)
- [2]Wickers L. et al.. The lived experience of permanent radiotherapy tattoos in patients with breast cancer. Radiography (PMID 39214785), 2024. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39214785/(accessed 2026-05-30)
- [3]Soni P. et al.. Tattoo Use in Patients Receiving Radiation Therapy. International Journal of Radiation Oncology, Biology, Physics (Red Journal), 2024. https://www.redjournal.org/article/S0360-3016(24)01463-9/fulltext(accessed 2026-05-30)
- [4]Henry Ford Health and Ephemeral Partner to Study Made-to-Fade Tattoo Ink for Medical Markings. Henry Ford Health. https://www.henryford.com/news/2023/05/ephemeral(accessed 2026-05-30)
- [5]Feasibility of Semi-Permanent Tattoo for Treatment Alignment in Radiation Therapy (NCT05248009). ClinicalTrials.gov. https://clinicaltrials.gov/study/NCT05248009(accessed 2026-05-30)
- [6]Henry Ford Health and Ephemeral Tattoo Partner on Radiation Therapy Marker Research (press release). EurekAlert! / AAAS. https://www.eurekalert.org/news-releases/989529(accessed 2026-05-30)
- [7]FadeMark — Semi-Permanent Tattoo for Radiation Therapy. Ephemeral Tattoo. https://ephemeral.tattoo/radiotherapy/(accessed 2026-05-30)
- [8]Nationwide Survey of Surface-Guided Radiation Therapy in Japan (JASTRO 2024). Journal of Radiation Research / PMC. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC12856029/(accessed 2026-05-30)
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