医療でのタトゥー、どこで、なぜ使われてきたか
「タトゥー」と聞くと、装飾としての施術を思い浮かべる人が多いはずです。ですが、医療の現場でも数十年にわたって使われてきました。代表的な使い道は3つあります。(1) 放射線治療で位置を合わせるための目印(マーカー)、(2) 乳房再建後の乳輪・乳頭の色の再現、(3) メディカルアラート(病歴や、避けるべき薬や処置の情報を皮膚に示すもの)です。いずれも「皮膚に色素を真皮層まで入れて、長期間ズレない目印を作る」という点で、装飾のタトゥーと同じ技術を土台にしています。
ただし医療でのタトゥーは、「永続性」の意味が装飾とは大きく違います。治療の目印の場合、治療が終わったあとも一生消えない印が体に残ることが、患者さんの負担になるという議論が長年あります。そのため近年は、半永久タトゥーインクに置き換えたり、タトゥーを使わない方法(体の表面を手がかりに位置を合わせる体表ガイド放射線治療、SGRT)に移ったりする動きが進められています。この記事では、それぞれの使い道の現状と、患者さんと医療者の両方の視点から見えてきた論点をまとめます。
放射線治療のマーカー、数十年来の標準と、その負担
放射線治療では、毎回ミリ単位の精度で同じ位置に照射する必要があります。皮膚表面に小さな永久タトゥー(点状のインク注入、いわゆる India ink)を入れて目印にするのは、1970年代以降の標準的な手法でした[1]。ペンで書いた印のように落ちることがなく、シャワーや日常生活でもずれないため、毎回同じ位置に合わせられる点が評価されてきました。乳房や胸壁、骨盤など放射線を当てる部位に合わせて、体の表面に複数の点を入れるのが一般的です[1]。
一方で患者さんの側から見ると、治療が終わったあとも印は体に一生残ります。それが「がんを患った身体的な記憶」として心の負担になりうることが、複数の患者調査で繰り返し指摘されてきました[2,3]。Wickers らが2024年に発表した英国の研究は、専門家のチェック(査読)を受けた論文で、早期乳がんで放射線治療を受けた204名にアンケートをとっています。永久インディアインク(墨)のマーカーについて『全体的にネガティブな影響があった』と答えた患者は51%で、ポジティブと答えたのは6%でした[2]。さらに27%は『がんを思い出させる constant negative reminder(消えない否定的なきっかけ)として残り続けた』と回答しています[2]。
2024年の Red Journal(International Journal of Radiation Oncology, Biology, Physics)の論考でも、『医療タトゥーは治療セットアップの伝統的な実践だが、過去研究で乳がん患者への心理社会的負担が示されており、選択肢があれば多くの患者が非永久のオプションを希望する。既にボディアートを持つ患者にとっても、医療タトゥーが当然受け入れられると想定すべきではない』と論じられています[3]。
51%
「全体的にネガティブな影響があった」
6%
「ポジティブだった」
27%
「がんを思い出させる消えないきっかけとして残り続けた」
Henry Ford × Ephemeral、半永久タトゥーに置き換える試験
この心の負担を減らすための試みの一つが、米ミシガン州デトロイトの Henry Ford Health と Ephemeral Solutions が2023年5月に発表した共同研究です(試験番号 NCT05248009 / 主任研究者 Farzan Siddiqui 医師)[4,5,6]。装飾用のエフェメラルタトゥーで使われている、分解されるポリマーで色素を包んだインクを、放射線治療の目印として使えるかを確かめる試験です。比べる相手のグループを置かずに少人数で試す、予備的な試験(単群インターベンショナル・パイロット試験)として設計されました[5]。
試験では、放射線治療を予定していた患者15名に、Made-to-Fade インクで合計44個のマーカーを入れました。インクは、4〜8週間の放射線治療のあいだずっと目印として使えるように配合されています。参加した患者さんは毎週、施術した部分の痛み・かゆみ・発疹などの好ましくない症状(有害事象)について、医療スタッフの確認を受けました[4,6]。2023年5月時点で Eric Schaff 医師(Henry Ford 放射線腫瘍科レジデント)は、『初期の安全性データは有望で、これまでに被験者からの有害事象報告はゼロ』と発表しています[4,6]。
この試験は ClinicalTrials.gov 上で、2024年9月1日に COMPLETED(完了)の状態になっています。ただし、この記事の公開時点では、正式な結果の掲載や、査読を受けた論文としての発表は確認できていません[5]。上記の『副作用報告ゼロ』は、2023年5月のプレスリリースの時点で、参加者が自分で報告した内容にもとづく値です。最終的な分析が公表されたあとで、数値が変わる可能性がある点に注意が必要です。
Ephemeral 社はこの臨床研究と並行して、放射線治療用に専用設計した『FadeMark』という製品を共同開発しています[7]。体に吸収され、体になじむ(生体適合性)医療用のポリマーインクと、滅菌済みで使い捨てのマイクロブレード式アプリケーター(インクを入れる器具)をセットにした製品です。通常 6〜15か月で色が抜けるように設計されています[7]。公式は『2024年10月から顧客への発送を開始』と発表しています。ただ、FDAの規制上どのような手続きや扱いになるかや、実際に導入した医療機関について第三者が確かめた情報は、この記事の公開時点では確認できていません[7]。Ephemeral × 放射線治療マーカーのより詳細な経緯は、当サイトの関連記事『エフェメラルタトゥーの医療応用、放射線治療マーカーへの転用研究』にまとめています。
15名
放射線治療予定の被験者
44個
施術したマーカー数
0件
有害事象報告
2023年5月時点・自己報告ベース
乳房再建後の乳輪・乳頭タトゥー(3D Areola Tattoo)
医療タトゥーとして確立しているもう一つの使い道が、乳がんの手術後の乳房再建で、乳輪・乳頭の色を再現することです。乳房を切除して再建する手術を受けた患者さんに、最後の仕上げとして、乳輪の色味や乳頭の立体感をタトゥーで再現します。この方法は米国を中心に1990年代以降に広まり、今では『3D Nipple-Areola Tattoo』という独立した専門分野になっています。施術は、形成外科医、医療資格を持つ専門スタッフ、または特定の研修を受けたタトゥーアーティストが担うのが一般的です。
位置を合わせるための医療用のタトゥーには、『治療目的・治療終了後は消したい』という希望があります。これに対して乳輪・乳頭タトゥーは、『治療後の身体イメージを取り戻すための、長く残したい施術』で、正反対の位置づけにあります。ずっと残ることそのものが患者さんの希望にそのまま応える、数少ない医療タトゥーの使い道です。本物らしく見せる陰影の付け方や色の組み立ての技術が、装飾タトゥーから持ち込まれている点も特徴です。
日本国内では、乳房再建の手術そのものは、保険が使える範囲が広がっています。一方、手術後の乳輪・乳頭タトゥーは、医療機関で行う場合と専門スタジオで行う場合の両方があります。施術者に必要な資格や保険が使える範囲は、施設や地域によって違います。希望される場合は、再建術を担当した医師、あるいは形成外科の専門医に最初に相談するのが現実的です。
メディカルアラート・タトゥー、病歴を皮膚に書く議論
もう一つ国際的に議論されてきたのが、『メディカルアラート・タトゥー』です。糖尿病・てんかん・血液の病気・薬のアレルギー・DNR(蘇生処置拒否)といった病歴や意思を、タトゥーで皮膚に示すものです。事故や急に具合が悪くなったときに意識を失っていても、タトゥーが医療者に情報を伝えるという考え方です。欧米では2010年代以降、患者さん自身が選べる方法として広がってきました。
ただし医療現場では、タトゥーの情報が必ずしも信頼できるとは限らないという慎重論も根強くあります。たとえば DNR タトゥーがあっても、本人の今の意思が同じである保証はありません。書き換えや、時間がたつことで意思が変わる可能性もあります。そのため医療者は、基本的に書面の事前指示書(Advance Directive)に従うことがすすめられています。日本国内では、メディカルアラートの公式な仕組みとしては、リストバンド型・カード型のID(日本糖尿病学会発行の IDカードなど)が主流です。タトゥーで代わりにすることは、標準的な方法とはされていません。
日本での放射線治療マーキングの現在
日本の放射線治療の現場では、永久タトゥーや皮膚マーカーが今も主流です。一部の施設で SGRT(Surface-Guided Radiation Therapy / 体表ガイド放射線治療)の導入が進んでいるのが、今の実際の状況です。日本放射線腫瘍学会(JASTRO)の支援を受けた全国調査(2024年10〜12月、880施設に調査票配布、292施設回答、回答率33.2%)があります。SGRT を導入している施設は98施設(回答施設の33.6%、全国推計で約11.1%)にとどまり、そのうち約半数(50施設)は2022年以降に新しく導入したと報告されています[8]。
SGRT を導入した98施設の中でも、治療計画のためのCT撮影(CT シミュレーション)のときに皮膚へ印を付けるのを完全にやめられたのは、24施設(24.5%)にとどまります。29施設(29.6%)は一部を減らし、43施設(43.9%)はこれまでどおり皮膚に印を付け続けています[8]。印を付けない方法(マーカーレス)に移った施設は、SGRT を導入した施設に限っても少数派です。
この記事の公開時点で、FadeMark などの半永久タトゥーインクが、日本国内の放射線治療の現場で実際に使われ始めた例は確認できていません。JASTRO の全国 SGRT 調査も、マーカーの扱いを『皮膚マーカー(タトゥーを含む)の維持/削減/廃止』の三つに分けているだけで、半永久タトゥーに置き換える選択肢には触れていません[8]。分解されるインクを医療の目印に使う方法が日本で広がるかどうかは、三つのことにかかってきます。PMDA が医療機器・体外診断用医薬品としてどう位置づけるか、JASTRO のガイドラインに反映されるか、そして大学病院で予備的な研究(パイロット研究)が行われるかどうかです。
98施設
SGRT導入施設
回答施設の33.6%/全国推計 約11.1%
24.5%
皮膚マーキングを完全廃止できた施設
SGRT導入98施設のうち24施設
43.9%
従来どおり皮膚マーキングを継続
SGRT導入施設でも43施設
まとめ、装飾以上に『永続性』の意味が問われる領域
医療のタトゥーは、装飾の施術と同じ技術を土台にしながら、『永続性』が患者さんにとって何を意味するかという問いに、しっかり向き合うことを求められてきました。放射線治療の目印のように『治療後は消したい』という希望と、乳輪・乳頭の再建のように『治療後の身体を取り戻すために長く残したい』という希望が、両方あります。
Henry Ford × Ephemeral の臨床試験と FadeMark の製品化は、『治療期間中だけ確実に保持できるマーカー』という選択肢を医療の現場に持ち込みました。その点で、医療タトゥーの議論を一歩前に進めました。日本での導入はまだこれからですが、印をどれだけ長く残すかを患者さんが選べる方向に、技術が動きつつあるのは確かです。医療の研究では、毎週経過を確認する形でこのインクの安全性が調べられ、副作用ゼロの報告が示されました。一般向けのエフェメラルタトゥーを考えている人にとっても、この事実は、装飾のために施術を受けるときの安全性を判断する参考材料の一つになります。
よくある質問
- Q. 放射線治療ではなぜタトゥーが使われるのですか?
- 毎回ミリ単位の精度で同じ位置に照射するため、皮膚表面に小さな目印(マーカー)が必要だからです。永久タトゥーは1970年代以降、剥がれずズレないマーカーとして使われてきました。一方で、治療後も一生消えない印が残るため、近年は半永久タトゥーや、タトゥーを使わない方法(体表ガイド SGRT)に移ることが議論されています。
- Q. 永久の放射線治療マーカーは患者にどんな負担を与えますか?
- 英国の Wickers らが2024年に発表した、査読を受けた研究(回答者204名)では、51%が『全体的にネガティブな影響があった』と答えました。27%は『がんを思い出させる消えない否定的なきっかけとして残り続けた』と答えています。Red Journal の2024年論考も『選択肢があれば多くの患者が非永久のオプションを希望する』と指摘しています。
- Q. Henry Ford × Ephemeral の臨床試験ではどんな結果が出ていますか?
- 2023年5月時点のプレスリリースでは、参加した患者15名(合計44マーカー)が自分で報告した内容にもとづき、好ましくない症状(有害事象)の報告はゼロと発表されています。試験は2024年9月1日に COMPLETED(完了)になっています。ただし、この記事の公開時点で、ClinicalTrials.gov 上の正式な結果の掲載や、査読を受けた論文としての発表は確認できていません。
- Q. 乳房再建後の乳輪・乳頭タトゥーは医療でのタトゥーに含まれますか?
- はい。乳がんの手術後の乳房再建の最後の仕上げとして、乳輪の色味や乳頭の立体感をタトゥーで再現する『3D Nipple-Areola Tattoo』は、米国を中心に確立された医療タトゥーの一分野です。治療マーカーとは逆に『治療後の身体イメージを取り戻すために長く残したい』施術として位置づけられています。
- Q. 日本では放射線治療のマーカーは今もタトゥーが使われていますか?
- はい、永久タトゥーや皮膚マーカーが今も主流です。JASTRO の2024年全国調査(回答292施設)では、SGRT を導入したのは98施設(約11.1%)にとどまりました。導入した施設の中でも、皮膚の印を完全になくせたのは24.5%で、43.9%はこれまでどおり皮膚に印を付け続けています。この記事の公開時点で、日本国内で半永久タトゥーインクが実際に医療で使われ始めた例は確認できていません。
References
- [1]Radiation Therapy Tattoos: An Overview. American Society for Radiation Oncology (ASTRO). https://www.astro.org/Patient-Care-and-Research/Patient-Education(accessed 2026-05-30)
- [2]Wickers L. et al.. The lived experience of permanent radiotherapy tattoos in patients with breast cancer. Radiography (PMID 39214785), 2024. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39214785/(accessed 2026-05-30)
- [3]Soni P. et al.. Tattoo Use in Patients Receiving Radiation Therapy. International Journal of Radiation Oncology, Biology, Physics (Red Journal), 2024. https://www.redjournal.org/article/S0360-3016(24)01463-9/fulltext(accessed 2026-05-30)
- [4]Henry Ford Health and Ephemeral Partner to Study Made-to-Fade Tattoo Ink for Medical Markings. Henry Ford Health. https://www.henryford.com/news/2023/05/ephemeral(accessed 2026-05-30)
- [5]Feasibility of Semi-Permanent Tattoo for Treatment Alignment in Radiation Therapy (NCT05248009). ClinicalTrials.gov. https://clinicaltrials.gov/study/NCT05248009(accessed 2026-05-30)
- [6]Henry Ford Health and Ephemeral Tattoo Partner on Radiation Therapy Marker Research (press release). EurekAlert! / AAAS. https://www.eurekalert.org/news-releases/989529(accessed 2026-05-30)
- [7]FadeMark — Semi-Permanent Tattoo for Radiation Therapy. Ephemeral Tattoo. https://ephemeral.tattoo/radiotherapy/(accessed 2026-05-30)
- [8]Nationwide Survey of Surface-Guided Radiation Therapy in Japan (JASTRO 2024). Journal of Radiation Research / PMC. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC12856029/(accessed 2026-05-30)
